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「私の旅路」〜女社長がこれまでの人生、そして新たな想いを語ります

私の旅路

専務私の仕事の目的は私達が提案する住宅産業を通じて、お客様と社員ひとりひとりが幸せになることです。 “黒部の太陽≠ニいう映画をご存知でしょうか?世紀の大工事といわれ幾多の困難を乗り越え完成した黒部ダム。この映画を観た時、高校生だった私は日本の企業の熱き心にロマンを掻き立てられました。 高校まで育った故郷の地、和歌山県串本町を離れ関西外大に入学しました。それは客室乗務員になりたいという夢を抱いていたからでした。しかし事業をしたいという夫と出会いその夢は叶いませんでした。

満たされぬ思いを抱えながらも私は刹那的に生きて行くのは好きではありませんでした。正直商いは好きではありませんでしたが、自分が置かれた立場を肯定して考えて、「商い」とはどういう道なのかありとあらゆる経営者や哲学者の本を読みあさりました。 夫は22歳で起業し従業員2人を連れて小さな電気店を営んでいました。お人好しそのものである夫はよく人にだまされました。その度にお金の工面で私は泣きました。生活苦から立ち上がりたい。そんな単純な零細企業の始まりでした。 「人を雇うこと」は人の生活を保証するものであり、人の協力なしでは考えられないものです。あるスタッフは給料の前借をしてそのまま出勤しなくなりました。自分の思いと異なると「話が違う」とお客様ならいざ知らず雇った従業員から怒鳴りちらされたこともありました。朝早く子供を保育所に預け昼間はチラシを自分で考えて配り、サンダルのひもが切れかかるまで一軒一軒頭を下げて歩きました。保育所から帰宅した子供たちを寝かしつけるのはいつも真夜中でした。頭をなでてやるだけが精一杯の愛情表現でした。働き詰めの日々が続くと、「私が夫の事業を大きくしてみせる」と腹を決めた情熱がぐらつきつつありました。「もういやや!こんなん我慢出来ない!」と夫に当り散らしましたが何もかわりません。それどころか、自分が惨めになるばかりでした。

ある哲学書にこのような事が書かれていました。「人は皆幸せでありたい!しかし思うようにいかない事が多い。大切な事は思うようにいかない事を嘆き悲しむのではなく現実をどう受け止めるかでその人のその後の人生は決まる!」そこで私はこのように考えを新たに決意しました。「今は苦しいかもしれない。でもその苦しみはいつか喜びのあるものにしたい!!」そのように思いながら働き続けました。

それでも、人は自分の想いとは異なるとすぐに辞めていきました。いつも簡単に辞めていく人達をみて私はこのように思うようになりました。「人は何故働くのか? 人の目的とは何だろうか?」 この仕事をしたいと選んだ道ではありませんでした。ある年齢から「人は何の為に生きているのだろう?」と思うようになりました。私を苦しめたのも人ならば、私の為に働いてくれたのも人でした。 「そうだ!この人達を幸せにしたい!」

弊社の理念「一人のために一軒のために、いつかきっといい日のために!」は私が人に裏切られもがき苦しみながら努力した結果、当たり前の事かもしれませんが「やっぱり人さんってありがたい。人さんの幸せを考えられない経営者は長続きできへん!」と思い生まれたことでした。 子供をおんぶして泣きながら働いたあの日、背中で育てた子供達は親の背中から何を学んだのでしょうか?二人の娘達が二人とも婿をつれてきてくれ、後継者として働いてくれているのですから人生とは不思議なものです。 「人が生きていく上で大切なものは何でしょうか?」私は地位・名誉・財産そんなのは紙切れやと思います。CAになりたいという想いを叶えて空を飛ぶ事はできませんでしたが、夫と共に夢を抱き汗と涙を流し根性と執念で奇跡を起こし、輝いた日は光を失うことなく一生涯の財産となりました。NHKの朝ドラのマッサンと重ね合わせたような人生でした。私が誇りにしていること、家づくりという仕事を通じて教えてくれた真実とは“人を愛する心”でした。 使命とは命を使うと書きます。私の集大成にむけての果てしない使命の旅路はこれからも続いてゆくことでしょう。命ある限り!あなたの幸せの為に寄り添える私の人生であることを願って・・・。

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